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京都地方裁判所 昭和60年(わ)843号 判決 1988年3月14日

本籍

京都市伏見区醍醐東合場町一五番地の一二

住居

右同所

建設会社社員

村井英雄

昭和一一年八月九日生

右の者に対する所得税法違反、相続税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官福嶋成二出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金五〇〇万円に処する。

未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金八〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和五六年六月、全日本同和会京都府・市連合会(以下「同和会」という。)辰巳支部(以下「辰巳支部」という。)を結成し、支部長となり、同五七年六月から同和会副会長となっていたものであるが、同和会では、同五六年三月ころから、いわゆる税務対策(以下単に「税務対策」という。)として、納税義務者の依頼に応じて、同和会本部において申告書作成等の申告・納税手続一切を行うようになり、当時の同和会幹部である副会長鈴木元動丸(同五七年五月ころからは同和会会長。以下「鈴木」という。)及び同事務局長長谷部純夫(以下「長谷部」という。)らは、納税対策において、譲渡所得の申告に当たっては、納税義務者が他の主債務者の債務につき保証債務を履行するため当該財産を譲渡したが、右主債務者が破産したため求償権の行使が不能に陥ったなどとし、また、相続税の申告に当たっては、被相続人に債務があり、これを相続人である納税義務者が支払ったなどとしてそれぞれ虚偽の申告をし、納税額を五ないし一〇パーセントに低減させ、これと正規税額との差額のうち約半額をカンパ金等の名目で納税義務者から同和会に納付させて利得しようと考え、右申告書類上債務支払いの形式を整えるため、架空債権者として領収書を発行する必要上、同五六年五月一日、有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸。以下「同和産業」という。)を設立した外、右架空保証債務を計上する関係で倒産主債務者に当てるため、真実倒産している株式会社ワールド(以下「ワールド」という。)の会社印を入手する等していた。被告人は、辰巳支部を結成したころ、長谷部から、同和会の税務対策について、申告納税額を0とするいわゆるゼロ申告ではなく、多少税金を納め、正規税額との差額の半分位をカンパ金として納税義務者から同和会に納めさせ、それを本部と支部で半分ずつ分配する旨説明を受け、かつ、同和地区以外の人についても同和会で税務対策を行い、カンパ金を受領したいので納税者を紹介して欲しい旨依頼されたため、同五六年一〇月ころ、かねてから知り合いの司法書士であった松本善雄(以下「松本」という。)に対し、同和会で納税対策を行っているので、税務対策をして欲しい人があれば紹介してくれるよう述べた上、同月一九日ころ、長谷部らを京都市中京区柳馬場通竹屋町上る四丁目一九五番地当時の松本司法書士事務所に同行して松本に紹介し、長谷部は同所において松本に対し、同和会の税務対策について説明し、税務対策を希望する納税者を集めるべく協力を求めてその了承を得た。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五七年一月一三日ころ、駒井弘(以下「駒井」という。)から税金のことで相談がある旨連絡受け、同日夜、京都市山科区川田の松尾信一方において、長谷部とともに駒井に会い、同人から、同人の実父駒井平四郎が同五六年一二月二四日死亡したことに基づく駒井の相続財産にかかる相続税の申告について、税務対策として、同和会において申告書作成等の申告・納税手続一切を行い、納税額を低額にして欲しい旨依頼を受け、被告人及び長谷部においてこれを承諾し、遅くとも同五七年六月ころまでに、被告人は、駒井及び長谷部並びに同人を介して鈴木らと、前示のような方法により虚偽の申告をし、駒井の相続税を免れることを共謀の上、駒井の相続財産の実際の課税価額が一億七九〇七万一七四二円で、これに対する相続税額は三五三四万五九〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の駒井平四郎が同和産業に対し六七五〇万円の債務を負担しており、駒井において右債務を承継し全額支払った旨仮装するなどした上、同五七年六月二三日、京都市東山区馬町通東大路西入新シ町所轄東山税務署において、同署長に対し、駒井の相続財産の課税価額が一億一一五七万一七四二円で、これに対する相続税額は一五六六万八六〇〇円(ただし申告書には、特別農地の評価の誤りのため、課税価額が一億一〇四七万〇一四二円で、相続税額は一五三九万二一〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為により右相続にかかる正規の相続税額三五三四万五九〇〇円との差額一九六七万七三〇〇円を免れ

第二  同五八年六月ころ、長谷部とともに前記松本司法書士事務所に赴き、同所において、松本から、近藤傳次郎(以下「近藤」という。)及び中村春造(以下「中村」という。)らがそれぞれ所有する土地を買収しようとしていた鐘紡不動産株式会社(以下「鐘紡不動産」という。)の瀬田開発プロジェクト担当部長山中隆雄(以下「山中」という。)を紹介され、同人から近藤及び中村らの土地の譲渡所得税の申告について、税務対策として、同和会において申告書作成等の申告・納税手続一切を行い、納税額を低額にして欲しい旨依頼を受け、なお、これより前、松本において山中に対し、同和会の税務対策においては仮装債務を計上する等した内容虚偽の申告書を提出する旨説明していたところ、

一  同五九年一月九日、長谷部、山中、惣司、及び松本らとともに、滋賀県大津市大萱二丁目一八番二六号近藤方に赴き、同所において、近藤から、同人がその所有する同市一里山五丁目字丸尾一六二七番地外五筆の畑及び田を同五八年一一月二一日及び同年一二月一三日東亜ハウス株式会社及び鐘紡不動産に合計一億七四四四万四七〇〇円で売却譲渡したことに関して、右譲渡にかかる所得税の申告について、同和会において申告書作成等の申告・納税手続一切を行い、納税額を低額にして欲しい旨依頼を受け、被告人及び長谷部においてこれを承諾し、また、近藤に対しては、これより前に、松本が具体的な虚偽申告の方法について説明していたことから、そのころ、被告人は、近藤、山中、惣司、松本及び長谷部並びに同人を介して鈴木らと、前示のような方法により虚偽の申告をし、近藤の所得税を免れることを共謀の上、近藤の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億二七二二万二四六五円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は二三〇万四九五八円で、これに対する所得税額(ただし源泉徴収分を除く。)は三五五七万四三〇〇円であるにもかかわらず、ワールドが同和産業から二億円の借入れをし、その債務について近藤が連帯保証人となり、ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年一二月二八日に一億一二〇〇万円を同和産業に対し支払ったが、ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月一五日、同市中央四丁目六番五五号所轄大津税務署において、同署長に対し、近藤の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一五二二万二四六五円、総合課税の総所得金額は二三〇万四九五八円(ただし申告書には、老年者年金特別控除の適用誤りにより一六六万四〇五八円と記載)で、これに対する所得税額(ただし源泉徴収分を除く。)は三二九万一六〇〇円(ただし申告書には、老年者年金特別控除及び老年者控除の適用誤りにより三一六万七四〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額三五五七万四三〇〇円との差額三二二八万二七〇〇円を免れ

二  同五九年一月末ころ、長谷部、惣司及び松本らとともに、同市月輪二丁目一〇番一六号中村方に赴き、同所において、中村から、同人がその所有する同市瀬田月輪町字中筋四一〇番外五筆の田及び畑を同五八年一二月一三日鐘紡不動産に合計二億八五四四万円で売却譲渡したことに関して、右譲渡にかかる所得税の申告について、前示第二の一と同様の依頼を受け、被告人及び長谷部においてこれを承諾し、また、中村に対しては、これより前に、松本が具体的な虚偽申告の方法について説明していたことから、そのころ、被告人は、中村、山中、惣司、松本及び長谷部並びに同人を介して鈴木らと、前示のような方法により虚偽の申告をし、中村の所得税を免れることを共謀の上、中村の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は二億七〇一六万八〇〇〇円、総合課税の総所得(農業所得)金額は一二万一〇〇〇円で、これに対する所得税額は八七四八万七五〇〇円であるにもかかわらず、ワールドが同和産業から四億円の借入れをし、その債務について中村が連帯保証人となり、ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同五九年一月二〇日に二億四〇〇〇万円を同和産業に対し支払ったが、ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同年三月一五日、前記所轄大津税務署において、同署長に対し、中村の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は三〇一六万八〇〇〇円(ただし申告書には、租税特別措置法三四条の二の適用誤りにより一五一六万八〇〇〇円と記載)、総合課税の総所得金額は一二万一〇〇〇円で、これに対する所得税額は五八六万四八〇〇円(ただし申告書には、租税特別措置法三四条の二の適用誤りにより二八六万四八〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額八七四八万七五〇〇円との差額八一六二万二七〇〇円を免れ

第三  同年七月初旬ころ、松本の紹介により、長谷部、惣司及び松本らとともに、同市月輪二丁目一七番一二号木村喜久治(以下「木村」という。)方に赴き、同所において、木村から、同人の実父木村喜平治が同年四月二六日死亡したことに基づく木村の相続財産にかかる相続税の申告について、前示第一と同様の依頼を受け、被告人及び長谷部においてこれを承諾し、また、木村に対しては、これより前に、松本が具体的な虚偽申告の方法について説明していたことから、ここにおいて、被告人は、木村、惣司、松本及び長谷部並びに同人を介して鈴木らと、前示のような方法により虚偽の申告をし、木村の相続税を免れることを共謀の上、木村の相続財産の実際の課税価額が三億〇一八九万二四二九円で、これに対する相続税額は九一八〇万〇七〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の木村喜平治が同和産業に対し二億一〇〇〇万円の債務を負担しており、木村において右債務を承継し全額支払った旨仮装するなどした上、同年一〇月二五日、前記所轄大津税務署において、同署長に対し、木村の相続財産の課税価額が八七八八万五二三二円で、これに対する相続税額は九〇六万七七〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為により右相続にかかる正規の相続税額九一八〇万〇七〇〇円との差額八二七三万三〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一七ないし一九回及び第二一ないし二四回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書(検第四二ないし四六、五二ないし五四号の八通)

一  証人勝本勇の当公判廷における供述

一  第七回公判調書中の証人飯塚昇の供述部分

一  第七回及び第八回公判調書中の証人木村美代志の各供述部分

一  第八回及び第九回公判調書中の証人村井信秀の各供述部分

一  第一一回ないし第一六回公判調書中の証人長谷部純夫の各供述部分

一  京都地方裁判所昭和六〇年(わ)第九四二号等第五回公判調書中の証人長谷部純夫の供述部分(写)

一  京都地方裁判所昭和六〇年(わ)第九二四号等第一〇回公判調書中の証人村井信秀の供述部分(写)

一  京都地方裁判所昭和六〇年(わ)第五四七号等第二二回公判調書中の証人糸田武久の供述部分(謄本)

一  京都地方裁判所昭和六〇年(わ)第五四七号等第九回公判調書中の証人河辺康雄の供述部分(謄本)

一  飯塚昇の検察官に対する供述調書抄本

一  長谷部純夫の検察官に対する供述調書謄本(検第一九五、一九六、二〇七及び二〇八号の四通)

一  押収してある金銭出納帳一冊(昭和六一年押第一三〇号の三)

判示犯行に至る経緯、第一、第二の一及び第三の事実について

一  第二回公判調書中の被告人の供述部分

判示第一の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(検第五五ないし五八号の四通)

一  第五回公判調書中の証人駒井弘の供述部分

一  駒井陽子、西川平(二通)、長谷部純夫(検第一九七号)及び駒井弘(検第二〇五号)の検察官に対する各供述調書謄本

一  駒井弘(検第三四号)、村井信秀(検第三五、三六号の二通)及び鈴木元動丸(検第一四二号)の検察官に対する各供述調書抄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(検第二七号)、証明書謄本(検第二八号)及び報告書(検第九二号)

一  山科区長作成の戸籍謄本

判示犯行に至る経緯、第二の冒頭及び一、二並びに第三の事実について

一  第五回公判調書中の証人松本善雄の供述部分

判示第二の一、二及び第三の事実について

一  大蔵事務官作成の報告書謄本(検第九一号)

判示第二の冒頭及び一、二の事実について

一  惣司定次郎(検第一六五及び一六七号の二通)、松本善雄(検第一八七ないし一九〇号の四通)及び長谷部純夫(検第一九八及び一九九号の二通)の検察官に対する各供述調書謄本

一  鈴木元動丸の検察官に対する供述調書抄本(検第一四三号)

判示第二の冒頭及び一の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(検第四七ないし五〇号の四通)

一  近藤傳次郎(五通)、近藤正夫、惣司定次郎(検第一五一ないし一五七号の七通)及び松本善雄(検第一七三ないし一八二号の一〇通)の検察官に対する各供述調書謄本

一  山中隆雄の検察官に対する供述調書(検第六八ないし七一号の四通。ただし検第六八号は謄本、その余は抄本。)

一  佐藤潔の検察官に対する供述調書(検第七二及び七三号の二通。ただし検第七二号は謄本、検第七三号は抄本。)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(検第五九号)、報告書謄本(検第六〇号)及び証明書謄本(検第六一号)

判示第二の冒頭及び二の事実について

一  第三回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書(検第一二二ないし一二四号の三通)

一  山中隆雄の検察官に対する供述調書(検第九五ないし九九号の五通。ただし検第九八及び九九号は謄本、その余は抄本。)

一  中村春造の検察官に対する供述調書(七通。ただし検第一二〇号のみ抄本、その余は謄本。)

一  松本善雄(検第一〇一及び一八三ないし一八六号の五通)及び惣司定次郎(検第一〇七ないし一一〇及び一五八ないし一六三号の一〇通)の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(検第九三号)及び証明書謄本(検第九四号)

判示第三の事実について

一  被告人の検察官に対する供述調書(検第五一号)

一  木村喜久治の検察官に対する供述調書(検第四ないし七号の四通。ただし検第六号のみ抄本、その余は謄本。)

一  木村保子の検察官に対する供述調書(三通。ただし検第一〇号以外は謄本。)

一  杉山容子、朝尾明子(抄本)及び山口喜政の検察官に対する各供述調書

一  鈴木元動丸(検第一四四号)、惣司定次郎(検第一四七ないし一五〇、一六四及び一六六号の六通)、松本善雄(検第一七、一六八ないし一七二及び一九一ないし一九三号の九通)及び長谷部純夫(検第一九四及び二〇〇号の二通)の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(検第一号)及び証明書謄本(検第二号)

一  大津市長作成の戸籍謄本

(補足説明)

一  判示第一の犯行について

弁護人らは、判示第一の駒井の相続税法違反については事実を争い、無罪であると主張するので、以下、これについて説明する。

1  判示第一の犯行についての被告人の当公判廷における弁解は、要するに、被告人は、税務対策として駒井の相続税に関して相談を受けたので、これを同和会事務局長長谷部に取り次ぎ、以後、駒井と長谷部との間における書類の受け渡し等の仲介をし、カンパ金等を駒井から受け取り、辰巳支部分一五〇万円を除いてこれを長谷部に渡し、辰巳支部分は同支部会計勝本勇に全額渡して、その年の研修旅行費用に充てたもので、駒井の相続税の申告が仮装債務を計上して行う違法なものであることは知らなかったというのである。

前掲関係各証拠を検討すると、被告人が、駒井の相続税ほ脱が仮装債務を計上して行うものであると知っていたことを直接明らかにする証拠はないが、前示犯行に至る経緯に加えて、関係各証拠を総合して認められる以下の諸事実に照らすと、被告人は、右ほ脱が仮装債務を計上して行うものであることを了知していたと認められる。すなわち、(1)前示のとおり、昭和五六年一〇月一九日ころ、松本司法書士事務所において、長谷部が松本に対し同和会の税務対策について説明した際、被告人も同席していたものであって、その際の長谷部の説明の内容は、納税者に正規税額の半分を負担してもらい、そのうちから税金を納め、残りをカンパ金とするが、その方法は仮装債務を計上して行うというものであったところ、松本から違法ではないかと指摘されたのに対し、長谷部が、税務当局から書類上もつじつまの合わないものは困るからつじつまを合わせて欲しい旨の要望があって書類作りしている旨答えており、被告人はこれらの説明等について、特にこれを聞いていなかったという特段の事情も見当たらないので、当然聞知していると認められる。(2)被告人は、同年八月か九月ころ、飯塚昇に対し、同人の妻の相続税の申告につき、「同盟に頼めば(正規税額の)三割、同和に頼めば一割」と言って同和会に頼むよう勧め、その依頼を受けて手続き中には、被告人が遺産分割協議書等を右飯塚の妻の母に手渡しており、右協議書には被相続人の同和産業に対する三五〇〇万円の仮装債務が記載されていた。(3)被告人は、駒井の相続税について、長谷部に対し「駒井さんの税金は同盟以下にしてやってや。」と頼んでいるものであって、当時、被告人は、納付する税金の額を決めるのは長谷部であると考えていたとみられる。(4)被告人は、長谷部から駒井に渡すよう言われて、仮装債務の記載された遺産分割協議書を封をしていない封筒に入れた状態で預っており、その際、長谷部から押印箇所、署名箇所等の指示説明を受けたというのであるから、これを駒井の妻に伝えたものと思われる(押印箇所等の説明をしたという証人長谷部の供述の方が、内容物を確かめもせず、長谷部から預り、ただ渡しただけという被告人の弁解よりも、自然かつ合理的であって信用できる。)(5)駒井は、右遺産分割協議書中に、被相続人に同和産業に対する八〇五〇万円の債務がある旨の記載を見出して不安を感じ、被告人に電話をし、次いで被告人の指示により長谷部に電話をしてこれについての説明を受けたが、その際、被告人に対し電話で、右同和産業に対する債務の記載について説明したところ、被告人はこれに格別驚いた様子も見せなかった(証人駒井弘の当公判廷における供述中、その説明をしなかったという点は、それ自体矛盾し、内容が不自然であって信用できない。)。(6)駒井が支払うカンパ金の額については、駒井が被告人方を訪ねた際に決まったもので、被告人はこれを日記帳に「駒井来る、税対カンパ三〇〇決る」と記載しており、被告人が「決める」にしても、駒井と話し合って「決まる」にしても、これに被告人が深く関与していたことは明らかである(長谷部も当公判廷において、右金額は辰巳支部の方で定めたと供述しており、単に長谷部の決めたものを連絡しただけだという被告人の弁解は、長谷部の供述とそごしているだけでなく、被告人の日記帳の一連の記載と対比しても不自然であって、信用することができない。)(7)被告人は、駒井から受領したカンパ金のうち、辰巳支部分だとする一五〇万円を同支部会計勝本勇に全額渡したと弁解するが、被告人もその人物について間違いのない堅い人であると認めている右勝本は右入金を否定しており、押収してある金銭出納帳(昭和六一年押第一三〇号の三)を検討してもそれに当てはまるものはなく、被告人が主張するように同五七年一一月の湯村温泉旅行費用に充当したとしても、被告人は、右勝本に、同年九月下旬から右旅行までの間に一〇〇万円を渡したに過ぎず、右勝本に渡される金員は、旅行前に主としてその費用として渡されるものであることは、その入金時期、金額等から明らかであり、右一〇〇万円も同様であって、カンパ金の辰巳支部分として受領したものをそのとおりカンパ金として支部会計に入金するのとは性質が異なるというべきで、右カンパ金一五〇万円は支部会計に入金していないと見ざるをえない。(8)長谷部は、被告人が同和会副会長になった際、被告人に対し、税務対策の具体的方法とりわけ仮装債務を計上することを格別説明しなかったというが、それは、長谷部が被告人に対し、被告人が副会長になる以前の辰巳支部長当時に、税務対策で税金が安くなるのは、税務当局の指導により書類上つじつまを合わせている旨説明しており、その具体的方法については被告人が当然熟知しているものと考えていたからである(被告人は、長谷部が被告人に対し、その具体的方法を秘匿しており、被告人が求めてもこれを開示してくれなかった旨弁解するが、被告人は長谷部から預って、遺産分割協議書等を駒井に渡し、更にこれを同人から受領して本部に届けており、仮に被告人の右弁解の如き状況があったとしても、極めてたやすくこれを知り得たのであるから、右弁解は信用できない。)

以上のとおり、被告人は、遅くとも同五七年六月ころまでには、同和会の行う税務対策は、仮装債務を計上して、書類上のつじつま合わせをして、相続財産を過少に申告し、相続税の全部又は一部を免れるものであることを十分に知っていたものであり、判示第一の相続税法違反の犯意の内容としてはこれをもって足りると解すべきであり、従って、そのころまでに、被告人が、長谷部及び同人を介して鈴木らと判示第一の相続税ほ脱の共謀を遂げたことは、前掲の関係各証拠によって優に認められるところである。この認定に反する被告人の弁解は、前示犯行に至る経緯及び前示諸点に照らし、不自然かつ不合理であって信用できず、判示第一のその余の事実は証拠上明白であって、結局、判示第一の相続税ほ脱は証明十分である。

2  次に、弁護人らは、判示第一の犯行につき、同和会が行ってきた同和地区住民についての税務対策に基づく税の申告行為は、同和対策事業特別措置法(以下「措置法」という。)及び官総二-六昭和四五年二月一〇日付「同和問題について」と題する国税庁長官通達(以下「長官通達」という。)に基づいて法律上認められた適法行為であり、仮にそうでないとしても、措置法及び長官通達の精神に則った税務当局の指導に基づいてなされたものであり、「偽りその他不正の行為」にあたらないから客観的に相続税法所定の犯罪構成要件に該当せず、それが認められないとしても、税務当局の了承に基づく本件申告行為は、正当行為類似の行為あるいは実質的違法性を欠くものとして、違法性を欠き、犯罪が成立せず無罪であると主張するので、以下、この点について説明する。

(一) まず、判示第一の犯行のような同和会の同和地区住民についての税務対策に基づく税の申告行為が客観的に適法であるか否かを検討するに、我が国においては、租税法律主義(憲法八四条)がとられ、税の減免・控除については法律上の根拠が必要であるところ、措置法は、その一条に掲げた目的からも明らかなように、歴史的、社会的理由から、生活環境等の安定・向上が阻害されている地域住民の経済力の培養等を目的として、国及び地方公共団体に対してこれを可能とするよう条件整備をするものであり、その目的と減税とは直接関係はなく、同和対策事業の内容を規定する六条を始め、他の条文をみても、措置法の規定に同和地区住民に対する税の軽減を要請していると解することのできるものはなく、措置法がそのような減税を規定するものとは到底考えられない。そして、長官通達についても、「同和地区納税者に対して、今後とも実情に則した課税を行うよう配慮すること。」という同通達二項の規定は、同和地区納税者が社会的に言われなき差別を受け、経済的に劣位に置かれ勝ちな実情に鑑み、所得の把握等に際しては安易に一般的な基準に頼ることなく、右のような事情も十分考慮し適切な課税をすることを要請したものであることは文理上明白であって、これが減税を規定していると解することはできない上、長官通達はそれ独自では減税の根拠とはなりえないことはもちろん、先に見たように、措置法は減税を要請しておらず、現行法上、他にこれを要請している法律は見当らない。

したがって、判示第一の犯行が法律上認められた適法行為であるとは到底認めることができない。

(二) 次に、同和会の税務対策としての税の申告行為が税務当局の指導に基づくものであるか否かについて検討するが、そのうち、まず、税務当局と同和会との間で、同和地区住民に関する申告方法につき、部落解放同盟(以下「同盟」という。)との確認事項に定めたものと同様に取り扱う旨の確認がなされたかどうかを見てみると、前掲の関係各証拠によれば、昭和五五年一二月二日、長谷部が当時の同和会事務局長槍丸らと共に大阪国税局同和対策室において同室係長糸田武久らと面談したこと、続いて、同月八日、長谷部らが上京税務署署長室において署長島岡茂、副署長松吉良雄、総務課長河辺康雄らと面談したこと、及び、それぞれにおいて同和会側から税務当局に対して納税に関する要望をしたことが認められるが、双方間で何らかの合意又は確認の文書を取り交わした形跡はない。口頭による合意又は確認についてはどうであるかを、まず、大阪国税局との間について見てみると、面談に参加した証人長谷部は、国税局との間で同和会についても同盟の企業連合会に対するのと同様に対応することを確認した旨述べるが、糸田武久(当庁昭和六〇年(わ)第五四七号等第二二回公判調書中の同人の供述部分謄本)は、国税局は課税について各税務署を指示する機関ではないので、減税について本当に必要があるのであれば所轄税務署に行って話してもらいたい旨話したと思う、そもそも確認事項自体、同盟が要望事項をまとめたものに過ぎないと述べ、合意や確認があったことを否定している。そこでまず、確認事項を見てみると、同和会の資料によれば、大阪国税局長と同盟中央本部及び大阪府企業連合会との間で、同四三年一月三〇日以降について七項目、同局長と同盟近畿ブロックとの間で、同四四年一月二三日以降について三項目、さらに、同局長と同盟中央本部及び京都府企業連合会との間で、前二回の確認事項に基づく税務対策を行うこと等三項目の各確認事項の確認を取り交わしたというのであるが、基本となる右七項目の確認事項のうち、その二項では同和対策控除の必要性を認め租税特別措置法の法制化に努める、その間の処置として局長権限による内部通達によってそれにあてる、とあるが、もともと法律事項となるべき同和地区住民に対してのみ認める同和控除を法律が制定するまで局長の通達でまかなうのは租税法律主義に反するもので、できないことであり、その三項では、右各企業連合会を窓口として提出される自主申告については、白、青色を問わず、全面的にこれを認める、とあるが、国税局がそのようにいわば審査権を放棄することが許されるのか疑わしいし、その七項では、協議団本部長(昭和四五年からは国税不服審判所)の決定でも局長権限で変更することができるとあるが、これは、現在はもちろん同四九年二月一四日及び同五五年一二月当時も国税通則法一〇二条一項の明文に反しできないことが明らかであり、同四三年一月当時も同様、制度上不可能であったと思われるのであって、これらの点に照らしても、国税局がこれらを認めるとは到底考え難く、右糸田の言うようにそれは単に要望事項をまとめたものに過ぎない蓋然性が高く、その他国税局の機構の制約等を考えると、糸田の供述の方がこの点についての長谷部の供述等と対比してより信用性が大であると言うべきであって、前示同盟の確認事項と同様に同和会にも対応する旨の、国税局との合意又は確認があったものと認めることはできない。

更に、上京税務署における同署幹部との面談の際における口頭の合意又は確認等の有無について見てみるに、まず、同和会でまとめた、その際の税務当局との間で確認されたという事項は、(1)同和会が指導し、同和会が窓口として提出される、個人法人を問わず、申告は、各署と協議し、協議完了したものについては全面的に認める、ただし内容調査の必要がある場合は同和会を通じ本部と協力して調査に当たる、(2)京都府下一三税務署の窓口は大阪国税局の指導どおりに各署総務課長とするの二点であるところ、河辺康雄(当庁昭和六〇年(わ)第五四七号等第九回公判調書中の同人の供述部分謄本)は、右面談の際、同和会側から白、青色を問わず申告したものは認めてほしい旨の申入れがあったが、税務当局としては長官通達二項に則って課税する、それ以上は答えられない旨の返事をしたという。もっとも、右河辺の供述によると、同和会が窓口となる申告について調査の必要がある場合には、同盟については同盟にその旨連絡することもある取扱いとなっており、同和会についても同様に取り扱うこと、及び、申告書の受付けは各署総務課長の職掌であるから申告書受付窓口を各署総務課長とすることの二点は上京税務署側においてその場で了承したことが認められるもののこれは同和会でまとめた右二項目とはかなりニュアンスを異にしており、まして、証人長谷部が供述する、上京税務署側から正規税額の五ないし一〇パーセントの納税はしてもらいたい旨の要望があったという点については、これまで述べて来たところに照らしても、さらに、同和会でまとめた確認事項中にはそのような事項は全く含まれていないことに照らしても、同人の供述を直ちに信用することはできないので、上京税務署との間において、前記の如き口頭の合意又は確認がなされたと認めることはできない。

また、弁護人らは、同和会の仮装債務の計上の方法による申告行為は、同五六年三月ころから税務当局から直接指導を受けて行ったものである旨主張し、証人長谷部は、その際受け皿としての同和産業設立の示唆を税務当局から受けたと述べるが、そもそも弁護人らの言うような同和地区住民に対する減税措置が同和行政の一環として可能であれば、同和産業などといういわゆる受け皿となる会社を設立した上で仮装債務を計上し、同和減税とは全く関わりのない所得税法六四条二項又は相続税法一三条一項一号を適用する必要はないのであるから、税務署側からいわゆる受け皿となる会社の設立を示唆し、申告に当たってはつじつまを合わせるよう指導するということは自己矛盾であって、長谷部の供述はこの点に関して信用することができず、右指導又は示唆があったことも認められない。

右のとおり、各面談の際に税務当局との間で合意又は確認がなされたとは認められず、また、申告方法について税務当局から指導がなされたとも認められないのであるから、弁護人らの同和会の税務対策としての税の申告行為が税務当局の指導に基づくものであるという主張はその前提を欠き認めることができない。

(三) 更に、弁護人らは、被告人ら同和会が同五六年一〇月ころ以降多数回にわたり、同和産業を受け皿とする仮装債務計上の方法による申告行為を繰り返して来たのに、税務当局からは何らの指摘も受けなかったのであるから、税務当局は、同和会の行う税の申告行為の方法、内容を黙示的にではあれ、当初から了承していたのであり、同和会としては、右了承に基づいて申告行為を行って来たのであり、右了承に基づく申告行為は、正当行為類似の行為として、あるいは実質的違法性を欠くものとして違法でない旨主張するので、この点について検討すると、まず、税務当局が確認事項を確認等したこと、及び受け皿会社の設立等の指導ないし示唆がなされたことが認め難いことは先に述べたとおりである。しかも、本件申告行為は、同和控除によるものではなく、判示のとおり仮装債務を計上するという方法によるものであって、措置法及び長官通達とは何のかかわりもないというべきであって、税務当局がこのような申告行為を積極的に容認してこれが慣行化していたと認めることはできず、右弁護人の主張は、その前提を異にし、採用することができない。

二  判示第二の一及び二並びに第三の各犯行について

弁護人らは、判示第二の一及び二並びに第三の犯行につき、被告人にはいずれも不正の行為によって税を免れる認識はなかったが、ただ、違法性の意識の可能性があったにもかかわらず違法性の意識を欠いたのであるから、有罪であるとしても、刑法三八条三項ただし書により刑を減軽すべきであると主張するので、以下、この点について説明する。

まず、前示のとおり、被告人は、判示四件のほ脱行為のうち時期的に最も早い判示第一の駒井の相続税法違反が敢行された同五七年六月ころまでには、同和会の行う税務対策が、仮装債務を計上し、書類上のつじつま合わせをして、相続財産を過少に申告し、相続税の全部又は一部を免れるものであることを熟知していたものであり、この点に照らすと、その後犯行に及んだ判示第二の一及び二並びに第三の各ほ脱においても、判示第一と同様、仮装債務を計上し、書類上のつじつま合わせをして所得等を過少に申告し、所得税等の全部又は一分を免れることを認識し、それぞれについて違法性の認識を有していたことは明らかであるというべきであるが、念のため、更に付け加えて、以下、この点を説明しておく。

被告人は、当公判廷において、同和会の行う税務対策は、措置法等の精神、長官通達、税務当局との確認事項に基づき、税務当局の指導によって行っているものであるから適法であると信じていた旨弁解するが、そもそも判示第二の一及び二並びに第三の三件のほ脱は、同和地区住民についてのものではない上同和会の税務対策による申告行為が、例えば同和控除によるような措置法、長官通達等に基づくものではないこと、並びに、税務当局との確認事項及び税務当局の指導を認めることができないことは先に述べたとおりであって、被告人の右弁解及び弁護人の右主張は前提を欠くというべきである。

更に、被告人が、右三件の各ほ脱について、右に挙げた根拠により適法であると信じていたかどうかを見てみると、前掲の関係各証拠によると、被告人は、長谷部から同和地区以外の人についても同和会で税務対策を行い、カンパ金を受領したいと言われて、松本に納税者の紹介を依頼し、同人を長谷部に引き合わせ、右三件のほ脱は、松本を通じて話が持ち込まれたものであること、そして、判示第二の一及び二の各ほ脱は、直接又は間接的に、鐘紡不動産が土地の買収に関し、自社が負担しなければならない税金を少なくしようという目的で同和会に依頼したものであり、判示第三のほ脱を含め、右三件はいずれも同和地区住民に対するものではなく、被告人もそのことを認識していたこと、被告人は、右三件につき、いずれも長谷部とともに各納税義務者の自宅に行っていること、判示第二の一及び二の犯行においては、鐘紡不動産から同和会に支払われたカンパ金は七〇〇〇万円にも及び、そのうち三〇〇〇万円は当時被告人が経営していた辰巳工営株式会社(以下「辰巳工営」という。)の預金口座に振込まれたこと、被告人はこの中から一六四〇万円を受領し、被告人個人の預金口座に入金したこと、右七〇〇〇万円については、松本もこのうち一〇〇〇万円を受領したこと、右三〇〇〇万円が辰巳工営の預金口座に振込まれる前に、被告人は、長谷部に指示されて辰巳工営の印を押した見積書、請求書等を白紙のまま同人に渡したこと、それとは別に、被告人は、同五八年七月ころ、長谷部から鐘紡不動産が領収証を必要としている旨言われ、辰巳工営の領収証を三枚位、金額欄を記入しないままで長谷部に渡し、その謝礼として七五〇万円を受領し、これを長谷部と折半したことがあること、また、この外にも、被告人は、同年八月五日ころ、松本から鐘紡関係で同和会の分だとして二〇〇〇万円を預って長谷部に渡し、その中から六〇〇万円受領し、被告人個人の預金口座に入金したこと、判示第三の犯行においては、被告人は同五九年一〇月二五日、木村の納税に関し、税務署等からクレーム等をつけられた場合は、総て同和会においてこれを処理解決し、木村には金銭的にも一切迷惑をかけない旨の念書に、長谷部及び松本とともに署名、押印していること、同日、被告人は、長谷部らとともに、木村から税金として納付すべき金員を預って大津税務署に行き、納付手続を行ったこと、木村から同和会に支払われたカンパ金約四〇〇〇万円は、被告人、長谷部、松本と他の一人で一〇〇〇万円ずつ分配したこと、被告人はこの一〇〇〇万円を被告人個人及び被告人の愛人である朝尾明子名義等の口座に入金したことの各事実が認められ、以上の事実、特に、これらの申告が同和地区住民についてのものではなく、被告人もそのことを認識していたこと、受領したカンパ金が申告手続を行ったことに対する報酬とするには余りにも多額であること、被告人は受領したカンパ金を辰巳支部の会計に入れず、個人の口座等に入金していたこと、被告人らは松本に納税者の紹介を依頼し、同人らに多額の報酬を支払ってまで右税務対策を行っていたものであり、これらの諸点に照らし、更に、加えるに、関係各証拠によれば、被告人は、松本が被告人を通さないで長谷部らと税務対策を行っていると疑うや、松本に対して異を唱えているのは、カンパ金として被告人に入金することがなくなるのを危惧したからにほかならないと思われる一方、被告人は、辰巳工営の代表取締役として測量、設計、土木工事業を営んでおり、同会社は京都府、市等官庁の指定業者となっていたところ、同会社の年当り純益は、当公判廷の供述によっても約八〇〇万円(検察官に対しては一〇〇〇万円ないし一二〇〇万円と供述)にもなるのに、税金の申告については、同和会の税務対策によらなかったもので、それについては、被告人は、要するに、納税証明がおりないからであると弁解するが、金額の多寡を問わず税金を納付すれば納税証明を得られることは明らかであって、結局、同和会の税務対策が不適法であると認識していたことが優に推認されるものであって、被告人が右三件の各申告について、いずれも法律上許容されないものであることを十分認識していたと認められるのであって、適法だと信じていたと疑う余地は全くない。

なお、被告人は、同和地区外の税務対策について、検察官に対して「一般の税務対策については啓発の一環として同和問題の正しい認識と理解を深める手段として取組んで来たのです。そして同和会の組織としての運営をしていくためのてだてとして一般の依頼者から若干のカンパをいただいて今日まで税対を取組んできたのであります」(検第四八号)と述べているが、前示諸事実に照らせば、牽強付会も甚だしく、正当行為ないしそれに類似した行為としてみる余地は全くない。

三  以上のとおり、弁護人らの主張はいずれも理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第三の各所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項に、判示第二の一及び二の各所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項にそれぞれ該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑の併科刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示第一、第二の一及び二並びに第三の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金五〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金八〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、同和会副会長であった被告人が、同和会会長である鈴木、同和会事務局長であった長谷部、さらには各納税義務者や司法書士であった松本らと共謀して、仮装債務を計上するなどして内容虚偽の申告をし、もって不正の行為により相続税又は所得税を免れさせたという組織的なほ脱事犯であり、そのほ脱額は合計二億一六三一万五七〇〇円に達し、ほ脱率も約八六パーセントと高率で、犯行の結果は誠に重大であり、被告人らが本件四件の犯行により同和会に対するカンパ金名下に各納税義務者から受け取った金員は合計約一億一三〇〇万円にのぼり、被告人はこのうち二七九〇万円を受領し、その大部分を被告人個人の預金口座に入金しており、特に判示第一の犯行を除いては、被告人らが松本に納税者の紹介を依頼し、同人に高額の紹介手数料を支払ってまで同和地区以外の人についても税務対策を行っていたこと等に照らすと、被告人らは現実には、判示第二の一、二、及び第三の犯行においては、もっぱらカンパ金名下の利得を得る目的で各犯行に及んだものと考えられ、判示各犯行の罪質、態様は悪質であり、動機の点において格別斟酌すべき事情があるとは認められず、本件犯行が申告納税制度の根幹を揺るがす重大な犯行で、一般の誠実な納税義務者らに対して与えた影響も大きいことを併せ考えると、被告人の刑事責任は重いと言わなければならない。

したがって、本件犯行を主導し、直接、内容虚偽の申告書等の作成及び申告手続を行ったのは長谷部であり、どちらかと言えば、被告人は長谷部に指示されて行動した部分が多いこと、本件申告行為についての税務署側の対応にも問題があること、被告人が本件犯行を反省し、駒井に五〇万円、近藤及び中村に合計一六四〇万円、木村に一〇〇〇万円をそれぞれ返還し、右四名からいずれも嘆願書が提出されていること、被告人には前科がないこと、その他被告人の家庭の事情等、記録に表われ又は弁護人らが指摘する被告人に有利な事情を十分斟酌しても、罰金刑については言うまでもなく、懲役刑についてもその執行を猶予するのは相当ではないので、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩原昌三郎 裁判官 河野清孝 裁判官 牧真千子)

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